パンで拭う

パンでソースを拭う。

という行為が大好きだ。美学だ。

もし、アナタが料理人だったら、戻ってきた皿が洗ったかの様に綺麗だったら、お客さんは“美味しかった!”のメッセージだなとにんまりするでしょう。

静かな文通がキッチンとホールで行われるわけだ。

序でに洗い物係にも有難い。肌の荒れる洗剤を沢山つけて洗わなくっていいわけだから。

フランス人家族と家での食卓で、皿が変わる時は前の皿でナイフについたソースをパンで挟んでさっと拭ってそのパンは口の中へ。そして、リセットして次の皿へ。という様にパンを使いこなしていたのを思い出した。とても便利な道具にすら見える。

パンの発酵の痕跡はスポンジみたいでソースを吸い取るに適してる。アヒージョなんかに浸したら、パンはオイルでビショビショになってしまい、一欠片で15ccくらい吸い取ってるのではなかろうか。次の皿が来るのをわかっていながらもオイルひたひたのパンで余分に胃袋を埋めてしまう。

ソースやオイルを拭うのにパンドミ(食パン)みたいなキメの細やかなのだと、崩れてしまうので適さない。やっぱり周りがパリッと焼けたキメがランダムなバゲットが良く合うと思う。

外で食べるときはバゲットの食べる量や追加のタイミングなどに気をつけるよう、心掛けている。決して、バターやオリーブオイルなど頼んだりはしない。

スープ、冷菜のソース、カトラリーを拭うため、肉汁、温菜のソース、最後にはチーズだってあるのだからバゲットは常に傍に必要なんだ。

(今日、自分で作った夕食のソースが美味しかったから。)

赤玉ねぎ1/2

ヨーグルト 100g

チポートレ 少々

塩、胡椒

をブレンダーにかけて終わり!

ソテーした鶏モモ肉にかけて、最後にパクチーをふりかけて。

思い出のタルト

夏のタルト

ピスタチオとグレープフルーツ。

思い出のタルトです。

このタルトは確か、専門学校の時かなぁ?に見たローランダニエルさんのレシピで、借りた本をコピーして取っておいたなぁ。数年後に渡仏して、夏休み中に大好きな友人がパリに遊びに来てくれて、その際にレンヌまで行ってこのタルト食べたっけな。

そんな私の思い出のタルトです。かれこれ

12年くらい前になるな。

友達居なくて寂しい私の誕生日に合わせて来てくれてダニエルさんのところでケーキを買ってくれて、アルザスの雑貨やさんでピアスを買ってくれたんだ。あと、お揃いの魚模様の布を買って芝生に敷いてピクニックしたり。懐かしいな。私の愛しい思い出たちだ。

最期の晩餐

最期に何を食べたいか?という問いはいつの頃からし始めるものだよね。

初めて自問した時は、蕎麦と日本酒なんて言っていたけど、本当は細かく言うと、蕎麦懐石を日本酒と頂いた後の〆の蕎麦ということ。

20代は揺るがぬ一位を保持していた蕎麦であるが、30代になってからはその地位に危うさを感じている。改めて考えなくてはいけないな。

いずれちゃんと、書きたいと思っているのだけど、私は食べるという行為が大好きだ。食べながら、うわぁ、興奮する!快感!と脳内にドーパミンやエンドルフィンが溢れている!といった気分になる事がちらほらあります。簡単に幸せになる事ができる性格を有り難く思っています。

その中のひとつ蟹です。蟹は本当に刺激的な食べ物です。赤く茹で上がって磯の香り。甲殻類ならではの独特な生き物の香り。先ず生き物デザインとしての蟹も大好きなので、捕食者にとって生き物から食材に変化した蟹を存分に観察します。

爪の鋭さ、ハサミの凹凸。まだ生き物だった彼と海の中で出会った時に自分の対処法などを想像しながら観察するのです。

観察を終えたら解体して、食べやすいように切り込みをいれて、あとは貪り食べます。手を使い、書き出すための棒、そして、それでも取れない身は吸い付いたりして、取り出した立派な身を味噌の入った甲羅に入れて味噌合えにしてペロリ。蟹のエキスが指を沿って手首まできて少し痒くなってきているのに夢中で蟹と格闘する。脚の付け根が一番身もしっかりしていて、ちゃんと味噌にも前もって浸されている!脚の真ん中、脚の先、付け根と、バランスよく食べていくのだ。

夢中になり過ぎて鼻の先なんかにも蟹のエキスをつけて名残惜しんでいる。

蟹を食べている間は100パーセント目の前の蟹を食べることしか頭にない。なんて気持ちの良いことだ。蟹を1人で一杯食べれるお店に行きたいです。

あ、蟹が最期の晩餐に適してるかと言うとなんだかなぁと思う。

蟹に夢中になり過ぎて知らない間に死んでるか、蟹を食べていたら、なんだかヤル気がでてきて生き返ったりするかも。

蟹食べたばかりなのに蟹食べたい。

愛しいメレンゲ

先日のワークショップで、何がきっかけでお菓子やパンを作ることを仕事にしたのか?と言う質問を頂いたので答えた。

小学生高学年位から作り始めていて、最初に買ってもらった本は頁を沢山汚して沢山作った。その中でも私は焼きメレンゲがお気に入りでした。

何故かって、あんなデロデロな卵白と砂糖を泡立てただけで、ふわふわな可愛いものになるなんて!胸が高鳴る!となったからです。また、材料が2つで出来るミニマルなところもカッコいいよなぁ。

焼きメレンゲは弟も大好きで、好きすぎて弟も自分で作ったそうだけど、それは残念ながら食べたことはない。

メレンゲ好きは幼い頃から変わっておらず今も好きだ。お菓子やパンを作っている時に好きな景色はいくつかあるのだけど、手を止めるのは難しかったりするのでなかなか写真に収めることが出来ないが、アルバムを改めて見てみるとメレンゲの写真をよく撮っている事に今回改めて気がついた。

メレンゲを無造作にゴムベラで落として焼いたものがフランスの昔ながらのお菓子屋さんだとガラスの台に積んで売られていたりする。それらは岩の様でまた美しい。ナイフで切る時の音もサッサッと不思議な音がして小気味よいんだな。

あぁ、メレンゲかわいいなぁ。

風邪を堪能する

タイトルそのままです。

風邪を引く事に対しては気を張っていて何度か引きそうなのを梅エキスと供に戦い、2年半勝ち続けていたのですが、新しい年を迎えるにあたって、負けました。

正直もう今回は負けたかったのです。お正月は嫌いなので、風邪を理由に色々しないでいたいのもあるし、11月と12月はまぁまぁ頑張ったわけだし。毎回勝ち続けているチャンピオンの気分というのは随分と大袈裟なのだけど、解放されたい気がしていた。

久しぶりに風邪をひくのはやっぱり大切な事で色んな感覚を味わうことが出来る。

お風呂場で項垂れてシャワーを浴びてぼぉーっと濡れた髪を伝うお湯と蒸気を眺めているのが良く似合う。耳が詰まった状態が水蒸気を目一杯蓄えた浴室みたいだ。

鼻が効かないので何を食べても一緒。食感と目で見る鮮やかさだけに集中して胃に落としていく。楽しくないので、すぐに飽きてしまう。記憶を呼び起こして香りを補足し、食べれないだろうかと試みる。そうしていたら、たまたま鼻の通りが良くなり、忽ち食べものたちに色が蘇ってきた。お米の味がするし、お味噌汁のシジミの香りもする!なんて華やかなんだ!と。

その数時間後に煙草を吸ってみたら、また白黒の世界に戻っていた。唇から伝わる緩やかな熱が口の中で冷やされて鼻から出されて煙が広がってゆくだけだ。なんとも味気ない。

あぁ、あと数日は白黒の世界を堪能することになりそうだ。

林檎の食べ方

二度に分けてフランスに少し住んでいて、初めは21歳の時でパリだった。フランス人シェフの下で働いていて先輩達もフランスで働いていた経験のある人ばかりで、話を聞いていたら実際に見てみたかったからという実にシンプルな理由。

それは、まぁ置いておいて、フランスの若い女の子って公園のベンチで片脚ついて林檎を丸噛りして、もう片方の手では本の頁をめくったり実際にしているのね。

映画みたいだなぁ!と真似したくなるわけで。

静かで落ちついたベルシー公園の芝生で早速、バリッと林檎を嚙ったのだけど、果汁をボタボタ垂らしてしまって、ちっとも素敵じゃないわけです。手もベタベタだし。

それから、私が素敵に林檎を食べる練習をしたかどうかは記憶にないけれど、先日朝、目が覚めてまず水を飲むべきだと思いつつも、果物籠に入っていた林檎に目が止まり、カブリとやった。嚙りながら、上手に丸噛りできる女性に憧れていた私に遭遇したのだ。回想しながら、どんどん芯へと近づく。今度は手をベタベタにせずに!

そう、今は上手に林檎を丸噛りできる。若い女の子ではないけど。

林檎に噛りついたときに、そのまま嚙み切らず、果汁を吸いあげてから、噛み切るのだ。こうすれば、手を汚さずにナイフも使わず、そして林檎を1番美味しく食べられる!

皮が1番林檎の香りが強いので、そこに歯があたり弾けて、実のシャリっとした食感の軽快さ。次に吸いあげることで、水分としての林檎を感じて咀嚼する。この繰り返しが気持ちの良いリズムで進んでいく。

まだ、籠に赤い林檎がふたつ在る。

手帳

10年くらい前にパティスリーで働きながら下北沢のカフェでお菓子のワークショップをしていた時期があって、道具なんかを置きにお店に行ったら、私の他にそのカフェで絵の展示をするのに準備をしている女性がいた。軽く挨拶をして、カフェのカウンターに一つ席を空けて座って店長と3人で話をしていた。彼女は普段は美容師だと教えてくれた。

彼女は確か赤かな?のモレスキンの手帳をカウンターで開いていた。私はいや、私が赤かな?黄色だったかな?もモレスキンを使っていて、”同じ手帳ですね”と言う話をしてから何故か彼女のプライベートや思想が詰まった手帳を私の手に置いたまま、外出してしまった。

人の日記を読むのが好き(公開しているもの)な私にはなんだかすごくラッキーな気分なんだけど、初めて会った人に自分の内部の詰まった手帳を渡したまま、出掛けるなんて変な人だなと思いながらも持ち主不在の手帳をひらり、ひらりと覗いた。

覗いてしまうと、もっと知りたくなる性分で、彼女の手帳にメッセージと自分の連絡先を書いたメモを挟んで、彼女が戻ってくる前にその場所を離れた。

もし、異性だったら確実に恋に落ちていたなと思う。

そこから、美容室嫌いで胸まで伸びた髪を長い間ショートカットにしていた。

昨年から何故か短いのに飽きて伸ばしてるけど、何かに理由をつけて彼女に会いに行く。彼女との時間や繋がりはいつも変わらず、安心する。

会いたくなってきたな。何の理由をつけようか。